雑感

 定年後Uターンをして郷里の木城町を終の棲家にしましたが、仕事がないということはなんとのんびりして楽しいことかと思ったことは僅かな期間でしたね。

 これをしようと思っても直ぐに行動しないことが多くなり、それでなんら支障がないのでその繰り返しの日々になったのです。

 

 半年後から長年勤めた職場の恩返しと思い、家庭裁判所の調停委員を5年弱努めましたが、その間父親が亡くなり、晴耕雨読の人生がどういうことか「蔵人たむら農苑」を立ち上げるまでに農業にのめり込んでしまいました。

 

 ところで今は現役のときと同じように明日する仕事が数多あり、焦ることすらありやはり逡巡することの方が多いです。

 面白いことはやるまではあれやこれやと考えていることが、やってみるとなんでもないことが多いのです。ただその成果に満足のいくものは少なく、やってもやらなくても同じではないかとちっらと考えるが、日常はその積み重ねで進んでいくようでもあり、そうでないようでもあります。


 現役のときは公務員でしたので成果が生計に直結していなかったので余り反省をしなかったのかもしれないが、農業で生計を立てるという建前からみると辛いものがあります。

 

 しかし人生はそう理詰めで考える必要はなくある程度はケセラセラでいいような気もします。一日が人生であれば、そのときどきの感情は色いろあるのですから、良かったと思うときもあり、これではダメだと思うときもあるのです。