西野皓三先生

 夜中から何回も宮崎カーフェリーのホームページをみて運行状況(上下とも運行します。)を確認した。

 なんとか荒波のなか帰れるぞ〜。

 

 今日はB(午後1時開始)だけ稽古すれば4回になり、ゆっくりと9時過ぎに息子の家を出ようとしたとき電話がなった。

 「今日の運行は欠航となりましたのどうされますか?」と事務的な連絡があった。

 

 一瞬頭が白くなった。月曜日にフェリー会社から丁寧に欠航になることもあるのでどうされますかという連絡があったからである。

 そのためにホームページを頻繁に閲覧していたのであるが、「上下とも運行します。」という記載しかなかった。

 

 

 『山よりでっかい獅子はでん』と想い、稽古を追加(4回分)した。16日は欠航で、西野塾も休みだから、今日のCと17日のBを稽古して帰ろうと決めた。万が一にも17日も欠航しても18日に稽古して帰ればいいということであった。

 

 吹っ切れたのか、一段とゆるみ、西野先生との対気前から宇宙語をしゃべりつづいていた。

 

 西野先生との対気は宇宙を駆けまわるほど愉快で、楽しく、嬉しくて歓喜の歌をうたっていた。先生の顔も満面の笑みで、お互い宇宙語をしゃべりながら時の流れを忘れる瞬間。

 

 西野先生との対気の十五年間は楽しく、愉しく、嬉しく、エネルギーあふれるときです。

 

 最初は手を合わせることすらできず飛んでいました。

 一度でいいから先生の顔を見ながら対気をしたいと想い、長い間先生の顔をみることなく踊っていました。

 西野先生をみれるようになってからも、すぐに気が胸まで上がって、制御することができないまま飛び回っていました。

 

 制御するには気を丹田から足芯に下ろそうとした時が長いこと続きましたが、

 郷里に帰って比木神社の二本の神木と対気をするようになってから徐々に気が下りるようになってきました。

 

 気が下りるようになってくると、気をだそうという気持ちよりも下ろそうとすればするほど

コントロールすることができるようになりました。

 下ろせばおろすほど先生の気が入り、からだ中からオーバーフローするまで制御することができるようになり、宇宙にワープすることが簡単にできるようになりました。

 

 西野先生は、最初に肩甲骨の部位に気を入れられ、私の長所であり短所でもある肩の硬さがとれるようとれるようにしてくださいました。

 わずかながらも執着にこだわらなくなったのはこの稽古のおかげであると感謝しています。

 

 このように西野先生との対気は無限の営みであり、先生が稽古を続けていただける間は私にとって至福のときであり、24時間が西野三昧のときです。