木城西野塾への門出

 今回の下鶴公民館使用の顛末について、一番悲しんでいるのは90歳になる私の母と塾生たちです。

 

 母は86歳のとき下鶴西野塾に入門し3年半まじめに稽古をしてきたが、入門当時は脊柱管狭窄症で歩くのもままならない状態であった。

 最初は稽古が辛く嫌で嫌で因果なことになったと嘆いていたが、そのうちからだがゆるみだし対気では笑いながら走りまわり脚の痛みを忘れていたが、日常生活では痛みで脚がしびれウォーキングできる状態でなかった。

 

 ところが昨年10月ころから急に脚の痛みがとれ不思議なことにウォークできるようになり、現在はノルディックウォークまでするようになりました。

 

 馴れ親しんだ下鶴公民館で稽古ができなくなることを怒り、歩いて公民館に行くのを楽しみにしていたが、稽古ができなくなったと悲しんでいます。

 

 ピンチはチャンスあり、好転反応です。

 下鶴西野塾から木城西野塾に発展的に解消することになったのです。

 

 生まれ故郷の下鶴をこよなく愛したがエネルギーが多すぎたのでしょうか、

 下鶴西野塾を閉塾しなければならなくなり、これも時の流れのように想う。

 

 ところで下鶴西野塾を開塾した経緯は、都農スポーツセンターの西野流呼吸法講師をやめることになり、急遽下鶴西野塾ができたのです。

 下鶴地区から延べ15名が入塾され、高齢者に西野流呼吸法を教え、健康な体になってもらいたいという夢が実現でき幸せでした。

 

 5月からは木城町の西野塾として再出発するのですからありがたいことです。

 木城町民に西野流呼吸法を稽古してもらい、高齢者の健康づくりを推進していきたいと想います。