呆れ果てた 稀勢の里

 5月20日のブロクに、「うんざり!稀勢の里」を書いたが、今日の重要な松鳳山との一番に、ド素人の負け方を見て唖然とし、稀勢の里、またかと言いたい。

 

 稀勢の里は、お山の金太郎さんで、かわいいし、憎めないが、

 プロの相撲取りとしては最低である。

 

 前回は思いの丈を言わなかったが、NHKの解説者の舞の海さんがコメントを求められて、一切の言葉がなかったことが端的に今日の一番の「呆れ果てさ」を言い表している。

 

 私は身体(からだ)で覚えるという言葉を、西野流をするまで、頭の弱い人を内心誹中傷している言葉だと勘違いしていた。

 

 しかし60兆の細胞(からだ)の身体知が、1500億の頭脳知に比べ、宇宙的叡智を持っていることは、相撲取りが一番良く知っているはずである。

 

 現にモンゴル出身の白鵬、日馬富士の相撲をみていると、頭脳知では考えられない妙技をみるにつけ身体知の偉大さを確信している。

 

 相撲取りも頭脳は必要である。

 15歳から相撲界に入り、身体知を駆使し?、大関の地位まで登りつめた稀勢の里であれば、弱い頭で勝負をする必要があるのか不思議でならない。

 

 今場所途中休場した琴奨菊が優勝した相撲は、いざ決戦のときは身体知で勝負をしていたし、横綱になった人は、北尾を除く、誰でも身体知の神秘さを見せ優勝して横綱に昇進をした。

 

 相撲協会がどうしようが知ったことではないが、そこまでいかない大関も大勢いた。