生きること、死ぬこと

 新海誠と川上未映子のスイッチインタビューは、幼少期のことを鮮明に思い出す契機となった。

 

 川上は、なぜ生まれたのか、いつも心に引っかかり、母親に聞いても、「そんなことはいいから走ってきなさい」と言われながら、とうとうそのことを作文に書いた、担任の先生に怒られると思っていたが、生きること、死ぬことを考えることはすばらしいことだと褒められたことが、川上未映子の誕生に繋がったという話しに感動した。

 

 小さいころから夜になると得体の知れない何かがいつもからだの周りにいて怖がりであったが、そのことを言い出せなくて大人になってしまった。

 

 その原因を知ったのは、西野流呼吸法を始めた52歳のときであった。

 血液、リンパ液の他に、さまざまな気があり、からだの周りにうろついていたやつの正体をキャッチした。

 

 川上は小学生、新海は中学生のときに人生の指針となることを明確に認識することができた。

 

 わたしは52歳であったが、スタートはいつからでも遅くない。

 

 人間は、叡智をもったホモ・サピエンスだと自惚れているが、

 人間は、自然界の一員であり、生物であると体感している。

 

 

 雲の話は、新海のアニメの話から初めて認識し、

 雲は自然そのものであり、その形、変化を眺めると、

 からだ(こころ、感情)を眺めるような気がした。

 

 68歳にして自然現象、気象現象がトータルに統べるものであり、

 生きること、死ぬことの愉しさがわかったような気がする。

 

 

 雲を観察し、ゆっくり雲の声を聴き、雲と対気をしてみたい。